~1月21日

さとり

あいかわらずネコフンを探す

テイッシュもパクッとする。

どーみても鼻をかんだようなテイッシュだったので、かがんで手のひらを出して「お願いだから、おかーしゃんのここに出して」「お願いだから、ポンしよう。ね。」と、頼み込んでみた。

そしたら、しばらく考えたのち、ポイッと出してくれた。

昔は「アウト」と言ってださせていたが、そんなこと忘れていた。


ネコフンはありそうな場所に行かないように極力するが、油断しているとパクッとやられる。
そんなとき私がどんなに嫌そうな顔をして顔をそむけても、嬉しそうだ。

他者を愛するって、もしかして、その他者の世界を愛する。って、ことなんじゃないだろうか?

つまり、さとりを好きだということは、さとりの好きな世界を好きになるってことが本当に好き・愛する
ってことなんじゃないか?と思った。

たとえばダンナを好きだけど、その世界を愛せない。としたら・・・
それは自分勝手に相手を好きだというだけなんじゃないかと思う。相手を思うのではなく自己満足なだけ。

と、ゆーことは、ネコフン好きな、さとりの世界を愛せない私はまだまだ発展途上・・・

逆に、さとりは私の世界の受け入れられないところはあるかな?

ネコフン愛に理解を示せないところかな・・・

やっぱネコフンが争点でしょうか・・・



チップ

速足のチップ。
以前の超ゆったりモードになかなかならない。

でも最近、「治そう」という考えがなくなってきた。「治そう」というよりも、どうすれば
快適にすごせるか。と、考えるようにする。
「治そう」と思うと焦ってしまうからだ。
大嫌いなシバ犬に会って怖くて吠えちゃっても、興奮しちゃっても、それをどうにかしようと思って
「治そう」と、思うと、そこまで果てしなく遠い。
銀河の果てぐらいに思える。
そんなに困る頻度が高くなければ、「治そう」じゃなくても、いいかも・・・

たとえば・・・
私は蛇が大嫌いだが、たまーにしか遭遇しない蛇に対して、蛇嫌いを治そうと特訓されたら、大迷惑である。
それより、蛇に会わないようにしたり、会っちゃったら守ってくれたり、会いそうになったら、「そっち見ちゃダメ!」とか教えてくれるほうがいい。



クラウド

クラウドの散歩は、ほとんどダンナである
寝る前のオシッコもダンナ

さっき、クラウドが困ったような甘えたような顔をしてダンナの傍らにきた。
私も隣にいるのだが、ダンナのほうへ「・・・ねぇ、ねぇ・・・あのさ・・・」みたいな感じでコッソリと
耳打ちしにきたみたいな感じだ。
「ん?オシッコか」
と、ダンナが言って、庭に出しに行った。
そうしたら、どうやらウンチだったようだ。

私が話しかけても「・・・ちぇ、うるさいな~」みたいにブルブルさせて、今話しかけんなよ。
みたいな感じだったクラウド。
小さな男の子みたいで面白い。