~5月29日~6月1日

今日から月一の体調が悪い日が始まる。

こういうときは家でぐっすり眠っていたいのだが・・・それもできない生活に疑問を感じ始めた今日この頃・・・


さとりさん、今朝はとても快調にお散歩

ティッシュも相変わらず食べるが、自分も脱力しているので、まったく止めないで見ていたら、
3個目ぐらいから、残し、あとはスルーした。
さりげなく隠せたものは足で踏んで隠したけど。

「あっち行きたいよ~」のときは、私も同じシグナルで対応

今日は時間が限られているのだよ・・・ごめんね。


「不幸にする親-人生を奪われる子供」という本を買った。

まだ途中だが印象的な文があった。

“他人をコントロールする”と“他人を信頼する”は正反対だけど密接に結びついていて・・・
世の中が信頼できなければできないほど、コントロールしたがる。
しかし、もし世の中が信頼できるものなら心配が少なくなるので他人をコントロールしたいという欲求の大部分は不要になる。

と、いうもの。


私は自分のコントロール癖に大分前から気が付いていたのだが、どうにもすることが難しかった。
ハッと気がつくと状況をコントロールしようとしているのである。
コントロールしようとすることは大変余計なエネルギーを使い、また心配のタネが増え、ストレスがたまる。
常に何かを心配し「なんとかしよう。」と、しているのだから、頭の中は本来の仕事以外の仕事でいっぱいで疲れる。

それがここ1年ぐらい解放されつつある。
まず、コントロールしそうになりそうなとき、ハッとする。今、やろうとしている自分に気がつく。
→コントロールをやめてみる。
→「大丈夫だった!何も恐れていたことは起こらなかった」成功する
→成功体験を重ねる
→コントロールしなくては!と心配が襲ってきても自分で自分を落ち着かせることができる。
→私は守られている。安全だ。という気持ちが下の方から少しずつでてくる。
→たとえ不快な何かが起こっても、それはコントロールしなかったせいではない。私が何かしたせいでも、しなかったせいでもない。

今、こんな段階だ。
たぶん、まったく綺麗になくなることはないかもしれない。
でも、少しずつ快適になってきている。

まるで犬のストレスケアの段階のようだし、実際に同じなんだと思う。
安全と安心を感じることは、それだけで生きていることが心地よくなる。
というか、生きているだけで快適だ。

あの文章を人と犬の関係にも置き換えることができると思う。

犬を信頼していないとコントロールしたがる。
みんな、きっとこれだと思う。

私もまだその一人かな?
ほぼ抜けたかな?
いや、まだ完全には抜け切れていないと思う。
たまにコントロール癖が出てしまう。
そうすると、さとりはすごく敏感に反応する。

今朝のさとり散歩

とにかく好きにさせていたが、どうしても自分が行きたくない方向へ行こうとしたので、道を変えてもらった。
変えてはくれたが面白くなかったらしく・・・私もそれに気づいたので、やっぱ好きな方へ行っていいよ。
となったが、面白くなかったストレスはティッシュ爆食いにつながった。
さきほどスルーしたものまで食べている。
ああーー、またやっちゃった。
このようにコントロールしようとすると一瞬成功したかに思えるが、よりややこしくなるだけなのであった・・・。