9月10日

最近、「田舎ぐらし物件」を見るのが日課となっている。

最初は、「こんなところで田舎暮らししたいな~」ぐらいだったが、だんだんと本気になり、

そのうち、「何故、この家は売りにでているのか?」と考えるようになり、

結局「今持っているものが身の丈に合っている。」と、考えるようになった。

思えば、私が実家をでて一人暮らしを始めたり、アパートを引っ越したり、家を買ったりは、すべて
犬と理想の暮らしをするための遍歴であった。
しかし、その時、その時、自分のできる範囲での選択であったので、ほんの少しずつの前進だった。
最初から、長期計画を立てていれば、もっと庭の広い家を選択したであろうが、なにしろ犬の寿命は短い。
そして今、自分の寿命も考えるようになってしまった。
あと、どのくらいのワンちゃん達と出会うことができるだろうか。

もっと楽しい時間を共有したいと思う。

できるだけ幸せに犬らしく、人間らしく過ごせる時間を共有したいと思う。

その幸せの基準が自分の中で明確に持てるようになったことを感謝したいと思う。

先日のインドの大詩人のお言葉ではないけれど、ずっと前から自分の内にもっていた感覚だと思う。

しかし外から詰め込んだり、詰め込まれたりしたことにより、何が幸せなのかわからなく振り回されていたように思う。もちろん、それは自分の未熟さゆえだけれども。

興奮と楽しさを混同していたときは、果てしない不満足感や焦りがあった。
そして楽しさのために多くのものを消費したと思う。

でも今、私の楽しさ、幸福さは、ほぼ0円に近い。

ただ犬と散歩しているだけで、そこにいるだけで、至福の瞬間を味わうことができる。

周囲のものに興奮させらている間は中々気付くことができない。

ネット、スーパー、駅に行くまでの道、会社、テレビ、市場経済は興奮市場だ。
気づくことができないのも無理はない。
冷静になるすきを与えたら、何も買わないから。

犬、猫、動物達と静かな時間を共有すること。

この教えは、買わなくても、沢山のものを持っていることに気がつかせてくれた。

楽しさ、嬉しさ、幸福感、満足感・・・こんなものまで、全部持っていたと思う。

ここに至るまで出会うことのできたすべての事柄、すべての人々、すべての動物、すべてのものに感謝したいと思う。

ありがとうございます。