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クラウドが月曜日に急に手術した。

後ろ足に昨年からある腫瘍が、ここ1カ月ほどで急に大きく横に広がってきたため、再度病院に連れて行った。

そうしたら、嫌な感じの広がり方だし、今日は夜、他にも医師がきて手術があるから、やっちゃいましょう。と、なったのだ。
病理組織検査の結果はまだだけど、とりあえず手術が終わって良かった。
また思い出したように、今を生きる を練習しているのだが、なかなか難しい・・・

ふっと気がつくと、どーしよーもない思考というか妄想で頭がいっぱいになっているからだ

昨日、誰かがあー言った。ああだった。こうすればよかった。
もうすぐ締め切りだから急がなければ。明日はどうしよう。来年になったらこうであればいい。

などと、過去と未来の妄想オンパレードになっている。

今 って、結構何も起こっていないことが多いので、何もしていないとき、今 にフォーカスするには、
感覚を味わうしかない。

しかし妄想独り言、一人想いの多いことよ・・・他の人はどうなんだろうか。
何事もしていないとき、私みたいに何かの想いで頭がいっぱいなのだろうか。


人間以外の動物が、そうでないなら、それは幸せなことだ。

そういえば、どうしようもない過去&未来妄想は言葉だ。

この言葉って言うのが案外やっかいなものかもしれない。

伝達方法として不完全だし、遅いし

もしかして言葉を使ったコミュニケーションって原始的なのか?
今日は、お散歩中のヒラメキからも・・・お友達ブログからも・・・師匠ブログからも・・・「マニュアル」というキーワードがあった、マニュアルdayだ!


私が今日のお散歩中にヒラメイた。のは、こんなこと・・・。

師匠からは「マニュアルは必要ないし作らない」と、伝えられた時「えええーー」と思った。

思えば、ずーーっとマニュアル生活をしていた。

教科書も業務マニュアルも、社会の常識も全部マニュアルである。

急に「無い」と言われても理屈はわかったが心では理解できない。

マニュアルなしでは、大変に不安なのである。




しかし、今日、お散歩中に急に(?)理解できた。心からわかった。

マニュアルはいらない。

なぜなら、「マニュアルではどうだったかな?」「マニュアルを確認してみよう」と、思った瞬間、
それは真実から離れてしまうからだ。
理念を基に、「今」自分が感じていることだけが真実である。

マニュアルを使うにふさわしいのは、一連の同じ作業をするときだけである。

生き物相手のときに、それが人間であろうと、犬であろうと、マニュアルは時として害になる。

今、目の前にある事実より紙に書かれたことを信用または優先してはならないし、定説扱いして、
なんとゆーか感じたことを誤魔化してはいけないんだな。と、思った。

「考えるな、感じろ」

なにかの映画(カンフーもの?)で、お師匠様が弟子に言った言葉が浮かびましたん。

あの人はこう言った。とか、あの本にはこう書いてあった。あの時は、こう教わった。では、ダメなんだーー。

あの人は、あの人。あの本は、あの本。あの時は、あの時。

今とは違うんだ~。

まったくもって今頃気づくなんて面白いったらありゃしない。
最近読んだ本に、こんなことが書いてあった。

「ムカッとさせる出来事があったとき、とっさに怒るのは、反応。
怒りそうだと事前に気付いて、感情をコントロールし、行動するのが対応。」

怒り終わってから気づく

怒っている最中にきづく

怒った瞬間にきづく

怒りそうだぞ。と気付いたので、止めて別の対応をする。

という段階があるそうだ。

人は、意識すれば、この最後の段階に到達できる。

あ、これって、今やっている犬の育て方の結果の一つと同じじゃ~ん。と思った。


でも、私と同じで、いつもできるわけじゃない。

ギャンギャン吠えられて、「うるっさい・・・わねーーー!」と
吠え返しちゃう、さとり姉さん。

会社で、「だーーかーーーらーーー!」と、言ってから、「しまった」と急に変な笑顔をつくる私。

どっちも同じである。

しかし湧きおこる感情に常に反応だけでは原始的である、ここはひとつ高等生物としての意地を見せるべく、両方とも常に葛藤しつつ修行中である。
前々回ぐらいの『今を生きる』をまたやってみた。


会社の、窓のない長い廊下でやってみた。1分ぐらいだと思う。

そーしたら、すごーく怖くなった。

外界からの反応が無い。または極端に少ないのだ。

思考を止めて、感じるだけにしていると、この反応が無いことが、ものすごく怖く感じた。



そして今朝の、さとり朝散歩のとき、芝生広場でいつもの瞑想タイムに入る。
そのとき、瞑想中のさとりのやってみた。

いろんな反応を感じる。最初は少ないのだが、空気の流れや温度が変わったりするのがわかる。

よく見ると綿毛?みたいのをつけた虫がフワフワと飛んでいる。

左斜め30度ぐらいの方から急に、花の甘い香りが漂ってくる。

とても気持ち良い・・・幸福感みたいのを感じた。


動物が今しか生きていないのなら、こんな感じなのだろうか??と思った。
さとり朝散歩

2時間も散歩・・・
結局、I公園まで出張ったが、さとりにとってはハードル高く、2度ほど興奮
広い芝生の場所だと、やはりリード噛んでウーがでる。
以前より短くなってはきているけど。

最近、ティッシュ食べも激しく・・・どうやら相当ストレスな感じ。と旦那と話していた。
やはり、同居人が増えたせいだと思う。
好きな人とか、嫌いな人。とかは関係なく、今までのルーティンや雰囲気が変わるだけで、
相当ストレスがあるようだ。
安定するまでどのくらいかかるだろうか。

さてー、I公園は今の私にもハードルが高い。
なぜかというと変なトレーニングとかを犬にしている人を見るのが心に痛いからだ。
トイプーを、ずーーーっとオスワリ・マテさせている人。
自分は体操したりしているくせに、犬には動くなとか・・・
何様なんだか・・・あれが人間の子供だったら確実に虐待である。

さとりを見て、ヒンヒン言いながら離れた場所で立ち止まったボストンテリア君。
そのせいで何度もジャークされる・・・

可哀想過ぎて、公園は辛い。

犬も友好的な犬が少ない。吠えられ、「うるさいわよっ」的に吠え返してしまう、さとり。
ああ、教育に悪い。



チップ夕方散歩

調子が悪い。興奮度が高いのだ。
突然の音などに過敏反応を示すようになっている。
目も見えずらいみたい。



クラウド夕方散歩

特に何事もなく終了


さとり夕方散歩

ティッシュいっぱい拾い食いして、私の心が乱れて終了
ヒヅメ達が小さくなったので、今度はミルク味の牛皮ボーンを買ってみた。

大型犬ようのを4本。でかい&高い・・・

チップには小さいの。安い&沢山入っている・・・


さっそく、さとりにあげると、カミカミと熱心。

クラウドは、持ってウロウロするばかり。

母の部屋に行ったりー、リビング行ったリー、玄関行ったリー。

どうやら隠し場所を探している様子。

最初、トイレの奥に隠そうとしたが、逆に取れなくなり大騒ぎ。

その後、結局いつものソファに隠すことにしたらしい。

ビリビリとソファの背もたれ布を剥がす音が聞こえる。どうするつもりなのか。

しばらくしてソファを見ると、剥がした布の下に入れ、また蓋をしたよう。

背もたれの中に入っているのがチラっと見える。

いつ食べるのかなー?と、思ったら・・・

さとりが、終わり、チップも終わり、2頭の分をしまったら・・・

やおら一人でコソコソ食べだす、クラウド

しかも集中して食べている

いつもは他の2頭のが気になって邪魔ばかりするくせに〜

こういう性格って、どうなの??
クラウド朝散歩

朝早すぎて、星がまだでていた・・・

そんな中、路地の辺りで頭を低くし空の匂いを嗅ぐクラウド。

結構長い間そうしている。なんだろう?

そのうち、尻尾が、ゆっくり角度浅く、ユラリユラーリ♪

暗くて見えないが・・・この尻尾の動きは、もしや猫さん?

と、思ったら、白黒猫さんの白部分だけがユラリと路地の向こうに動いて見えた。

クラウドの尻尾会話の意味がわかり、嬉しかった。



動物は、過去とか未来をあまり考えず、今を生きている。とか、よく言われている。
でも夢も見るし、ちょっと先のことも予測する。

でも人もあまり、過去・未来を思いわずらわず今だけを考える。って体にいいそうだ。

では、「今を生きる」ってどういうことなのかな?と、考えた。

私の考え付いたものは、こうだ。

今だけを生きるとは、思考しないこと。つーことは今感じていることだけに集中すること。

試しに、外を歩いているとき、2分ぐらいやってみた。(粘りがないのでそれぐらいしかできない。)

んーーー、今、今、今は、えーと、

・ちょっと寒い、冷たい風が吹いた。
・日差しが暖かい
・空が青い
・何か匂いがする
・音がする
・人とすれ違った
・お腹がすいている

結局、五感ものオンリーとなる。

そこでハッと思ったのは、これが家の中だったら、もっとツマラナイ。ということだ。

匂いも、音も見えるものも限定される。

もしかして風にのってくる匂いは、動物にとっては、もっと鮮やかに毎瞬変化しているのかもしれない。

だとしたら、好きな時に屋外に出ることができることは、ペットにとっては何よりなことだと思った。

人ももっと外にいたら、たくさんの変化を感じ取ることができるようになるかもしれない。

確かに『今を生きる』方が健康には良さそうだ。
最近さとりがイライラしている。
散歩中も、紙を見つけると、ムキーーって感じでビリビリにする。

なので、ふと思いつき今日は散歩から帰ったらヒヅメちゃんをあげた。

そうしたら一日中落ち着いていた。

母が帰ってきてもワンワンしなかったそうだ。

ほんの少しのことに思えるけど、犬から見たら、気持ちに気づいてもらえなかったら、ずっとそのままだ。
自分に置き換えると、おそろしい。
犬は自分でチョコ買ったり、音楽聞いたりして気持ちをなんとかしよう。とかできないしね。


何かの本で読んだ、うろ覚えの話し・・・

 毎朝、浜辺に打ち上げられるヒトデを海に投げ返している男性がいたそうだ。

 それを見た人が、そんなことをしても大した意味はないだろう。
 打ち上げられているヒトデは星の数なんだから。的なことを言ったそうだ。

 すると、ヒトデを海に帰している男性は、また一つのヒトデを拾いあげて、こう言った。
  
 「このヒトデにとっては、すごく意味のあることだろう。」
                                                     



本当にそうだ。

また助けられたのヒトデを自分に置き換えるとよくわかる。

1000人のうち、たった一人の人しか助けられなかったとして、そのたった一人の人にとっては
もの凄い意味がある。それは動物も植物も同じだ。
全部助けることができなくても、少ししか助けることができなくても罪悪感や無力感を覚えることはない。
助けられた方にとっては凄い意味があるし、一つの世界を救ったのだから。
このブログは私の犬育て遍歴を赤裸々に綴ったものなので、かなり身内の方しかご覧になっていない。
または、ほとんど見ていない。つもりで書いている。

だけど、「涙焼け」を検索ワードにたどり着いた方も、もしかしたら少数いらっしゃるかもしれないので、
その-最終章-を書いてみることにした。

私も初めてプードルを迎え入れたばかりのころ、涙焼けに、すごーーーく悩んだ。

やっぱり綺麗に見えないし、可愛さがマイナスされて見えたからだ。

でも今は気にならないし、基本的には治った。

なぜ“基本的”なのかというと体調により、また始まったりするからだ。

なんか回りくどくなりそうなので、私の至った結論を先に・・・

最終的に私が治った!と、思ったのは、「ストレスケア」のお陰だと思う。

「ストレスケア」を始めて1年ぐらいたったころから、涙焼けが消えたのである。

あるのは、ほんの少しの普通の眼やにだ。

あと、手舐めもなくなったため、手の毛焼けも無くなった。



涙焼けを起さないためには・・・下記のようなアプローチがあると思う。

①でる涙「体液」を少なくする。

②でる涙「体液」を焼けない性質のものに変える。

③色が焼けちゃった毛を綺麗にする。


上記のうち、誰もが最初やろうとすることが③ではないかと思う。
実際私もそうした。
薬を買ってきて塗ったのである。
まったく効かないものもあったし、効いたものもあった。
しかし、これは対症療法であるので、飼い主さんは一生、焼け具合に踊らされることになる。
犬も、わけもわからず薬を塗られ、飼い主のピリピリした態度に付き合わされ、双方ともに精神衛生上良くない。
なにより根本的な解決にいたっていない。


①②について、非現実的なのが外科手術により涙管をいじくる。というもの。
これは病気で無い限り、私は論外だと思う。

①②について私が過去行ったことは、「食事を変える」ことだけだった。


ハーブ系の液体の塗布+食事を健康食に変えることで涙焼けは一時的に消えた。
しかし、ハーブ系の液体の塗布を止めれば、元通り・・・

その後は、ずっと仕方ないものと諦めていた。


しかし、涙焼けとは関係なく「ストレスケア」な日々を淡々とおくっていたら、気がついたら、涙焼けしなくなったのだ。
体液の量を調べたわけではないが、まず、出る量が少なくなった。と感じた。
体液の成分も調べたわけではないが、たぶん出る量が少ないということは悪いものの排出が減ったということだから、成分もよくはなったのではないかと思う。


「ストレスケア」は、犬自体にも良かったと思うが、人間にも効果があった。
涙焼けに固執していた気持ちが無くなっていたのだ。

「ストレスケア」について興味のある方は、「ドッグウォーカー博士のスローライフ」というブログのトップページにやり方が書いてあるので、ご参照ください。



さて、基本的には治った。というふうに最初の方に書いたけれども、確実に体調に左右されているのがわかる。

最近、我が家のTプー君は、調子が悪い。
春先に癲癇みたいな発作が起きて一度死にそうになったのだが、それから不安定だ。
最近また悪い波が襲ってきているのがわかる。
行動も平常と違い、興奮気味で、なによりドバッと目からの体液が増えた。

やはり体液は健康の指標の一つでもあると思う。

だから、気にすることはもちろん大事だが・・・それより・・・

涙焼けしている。ということ自体より、犬の心身の健康と、自分の心の安定を念頭に置いた方がいいと思う。

過去・・・涙焼けに必要以上に(今はそう思っている)固執し、なんとか消そうと躍起になっていた自分に・・・もうちょっと、のんびり気楽にしてていいんだよ。といってきたい。
また、その気持ちにつきあわせちゃった犬には、すまなかった~。と、一言。
涙焼けは、君の可愛さや素晴らしさを少しも損なうものじゃない。今は、涙焼けすらも愛おしく感じます。

私の至った結論は、支離滅裂風となりましたが、以上です。

少しでも何かのご参考になれば幸いです。

ちょっと目のところが、わかりずらいかな?ストレスケア1年半ぐらいのチップ。
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ストレスケアを始める大分前・・・涙焼けもそうだけど、今見ると表情が暗い・・・
今から5歳ほど若い時だけど、そう見えないなー。
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